千曲川のスケッチ 2

 これまで「おらほねっと」に掲載した記事をまとめてみました。
最初の3枚の写真は2011年6月4日にアクアプラザ近くで撮ったものです。景色が紅紫色に染まる時間帯。川の姿よりも、その雰囲気を楽しむ写真かもしれません。この時間帯にはたいていのものが美しく見えます。魔法の時間帯ですね。
 3枚目の写真の小川は千曲川ではありません。もっともどこかで千曲川に流れ込んでいるかもしれません。

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 次は2011年7月9日に撮った写真です。最初の2枚は古船橋のすぐ下流で撮ったもの。2枚目は遠くの山並みが灰色にかすんでいい感じです。
 3枚目は岩鼻の下流あたりで撮影しました。すぐ対岸にある山が霧にかすんでいます。もう少し下流からも写真を撮ろうと思った時、いきなり大粒の雨が降り出しました。写真を撮っている間に車から大分離れていたので、あわてて車まで走って戻る羽目に。あんなに本気で走ったのは何年ぶりでしょうか。幸いカメラはほとんど濡らさずに済みました。

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 次は2011年11月8日撮影。撮影場所は「アリオ」とクリーンセンターの間あたり。堤防道がやや広くなって、車を停められるスペースがある所です。ここは以前からよく車を停めて川を眺めたり、写真を撮ったりしていたお馴染の場所です。
 今回もやはり夕暮れの写真です。うっすらと箒で掃いたような雲が出ていました。

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 最後は今年の4月に撮ったものです。天気が良かった4月7日の土曜日、あちこち走りまわってきました。湯楽里館のレストラン「オラホ」で昼食。その後あてもなく走っているうちに稲倉棚田、深井池と回り、国道18号線に出ました。
 急に千曲川の写真を撮りたくなって、何とか川に出ようとしました。しかし大屋駅のあたりは川沿いが崖になっていて、なかなか川辺まで出る道がありません。車を停めるスペースもないので、いつも撮影を断念していました。この日はたまたま見つけた岩下公民館に車を停めました。公民館の隣に伊波保神社(いはほ=いわおじんじゃ)があり、ここで思わぬ収穫がありました。そのことは後で触れます。
 さらに幸いだったのは、神社のすぐ正面に川へ降りる細い道があったのです。地元の人でなければ知らないような細い道ですから、車で通っただけでは見落としていたでしょう。
 川辺まで降りて写真を撮りました。川まで降りる階段の下には大きな岩が川に張り出しています(3枚目の写真参照)。下流を見ると、そこにはさらに大きな岩がありました。
 思わず「これだ!」と心の中で叫びました。以前常田に住んでいた頃、自転車でこのあたりまで走ってきて見かけたのがこの岩でした。川の中にドカッと鎮座した巨大な岩盤で、その後も長く記憶にとどまっている、実に印象的な岩だったのです。そう言えば車を停めたのは”岩下”公民館で、その隣にあった伊波保神社は地籍の”岩穂”から来ていると案内板に書いてありました。どうもあの岩はただならぬ岩らしい。
 上流側からこの岩の写真を撮ると、背後にあるハープ橋がその岩の上に架かっているように見えます。よく見ると岩の上に何か金属の棒のようなものが立っています。一体あれは何だろう?後で近くまで行ってみることにしました。

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 下の1枚目の写真は大岩を画面いっぱいにとらえた写真です。これくらい大きく撮ると迫力があります。
 2枚目は川にできた砂浜です。公民館前の細い道から川端まで階段を下りてきたのですが、階段の下は大きな岩になっています。下流にある例の大岩に比べれば大したことはありませんが、それなりに大きな岩なので、その岩の下流側に淀みが出来て砂が沈殿したのでしょう。川でこんなきれいな砂浜を見るのは珍しい。普通はもっと石がごろごろしています。一瞬海を連想してしまいました。
 さて、川沿いには下流の大岩まで行けないので、一旦川から上の道に戻り、大岩の近くまで歩いて行きました。途中下に降りる道を探したのですが、どうも見つかりません。仕方がないので道から見下ろすように写真を撮りました。3枚目は大岩の上流側の一部を撮った写真です。黒々とした岩のシルエットがきらめく波と絡み合いぶつかり合い、荒々しい画面を作り出しています。

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 大岩のすぐ近くまで来ました。やはり印象的な岩です。例の不思議な金属は、ドアの枠のような形をしていました。やはり何なのか分かりません。実は手前の岸にも同じような金属の枠があるのです。これは重要なヒントだったのですが、その時はそれらの二つが深い関係にあるとは気がつきませんでした。
 僕の関心は手前側の金属の枠の下に向けられていました。そこから河原まで降りられるようにロープが張ってあったのです。しかしロープがあるとはいってもほぼ垂直の崖です。しかも古そうなロープで、十分体を支えられるかどうか確信が持てませんでした。結局、カメラを持っていたので冒険は避けました。

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 しかしどうしても川まで降りてみたくなり、さらに下流まで少し歩いて川に降りる道を探しました。結局見つかりませんでした。また大岩の所まで戻ってきた時、鉄の枠のすぐ近くに大きな案内板が立っていることに気が付きました。先ほどは大岩に気を取られて案内板に気がつかなかったのでしょう。
 その大岩には「太鼓岩」という名前が付いていました。川の水が岩に当たり、ドーンと鳴るのでこう名付けられたそうです。20年近く前に自転車で来て初めて見た時、ただの岩ではないだろうと思ったのですが、やはり有名な岩だったのです。
 さらに次の説明文を読んで仰天しました。なんと太鼓岩とこちらの岸との間に吊り橋が1959年まで架かっていたというのです。そうか、例の鉄枠はその吊り橋を両端で支える枠だったのか!だからこちら側にも同じものがあったのだ。やっと謎が解けました。よく見ると案内板には当時のつり橋の写真が載っています。その部分だけをアップで撮ったのが3枚目の写真です。実に貴重な写真です。
 説明板には、太鼓岩が昭和三年選定の上田八景に選ばれたと記述されています。帰宅後この上田八景には他にどんなものが入っていたのか気になりました。ネットで調べてみると「国道一八号を行きますと、岩鼻が覆いかぶさるように突き出ています。ここは古くは蛍の名所で有名で、昭和三年には上田八景の第二位に『岩鼻の乱蛍』が市民などの投票で選ばれました。」という記述が見つかりました。何と岩鼻は蛍の名所だったのですか!知りませんでした。
この記述からは、昭和三年選定の上田八景は市民などの投票によって選ばれたことも分かります。あれから84年もたって、今の上田は大きく変わっています。他には一体どんなものが選ばれていたのだろう?ますます興味を引かれます。何か古い文献を当たってみないといけませんね。

<下記参照>
上田情報蔵
http://db.umic.ueda.nagano.jp/johogura/datadisp.php?arg_sano=

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 最後に、車を置かせてもらった岩下公民館の隣にある伊波保神社(いはほ=いわおじんじゃ)について触れておきましょう。ここには思わぬものがありました。夫婦道祖神です。顔のあたりがだいぶ風化していますが、なかなか立派な双体道祖神です。コレクションがまた一つ増えました。

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さらに写真を3枚追加しておきます。1枚目は伊波保神社の説明板、2枚目は石の祠と石像、3枚目はその石の祠と石像などの説明板です。

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