横浜 シルクロードを歩く 馬車道ルート編(後篇)

 馬車道はゴブリンにとって魅力的な被写体に満ちた通りでした。池や湖や川などの水辺や路地裏、空と雲、夕景などを好んで撮ってきましたが、特に心を引かれる特定のテーマがいくつかあります。橋、街灯、看板、マンホールの蓋、双体道祖神、鳥や蝶などの生き物、花、古くて味わいのある建物、等々。横浜の馬車 道はこれらのうち街灯、看板、マンホールの蓋(絵柄タイルを含む)、古くて味わいのある建物など複数のテーマを満足させてくれる通りだったのです。
 前編では足元の写真(マンホールの蓋や絵柄タイル)を中心に載せて来ましたが、後編の最初は上のテーマの一つ街灯編です。紹介するに足る街灯は下の3枚ぐらいしか見つけられませんでしたが、2枚目に写っている街灯は特に気に入っています。

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 街灯は前回載せた絵柄タイルにも描かれていました。それもそのはず、日本で最初のガス灯がともったのは馬車道だったのです。その当時のガス灯を再現したのが1枚目の写真の街灯だと思われます。

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 次の1枚目はガス灯について説明した案内板、2枚目は明治末期の馬車道を描いたレリーフ(ガス灯が描かれています)、3枚目は当時のガス灯をモデルにして再現したと思われるもう1種類の街灯の写真(こちらは丸型)です。

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 上に書いたように、僕は街灯フェチであると同時に看板フェチでもあります。馬車道で見つけたのは全部で4枚。
 2枚目の看板が特に気に入っています。名前は何と「SHINANOYA」!調べてみたらHPに「1866年創業。信濃屋は日本で初めての洋品店」と書いてありました。「日本初」が多い横浜ですが、ここにもありましたか。馬車道店と元町店があるようです。
  信州との関連が気になる所ですが、信濃屋の歴史年表の1866年のところにこう書いてあります。「吉澤長次郎、『信濃屋』創業。横浜・弁天通に唐物屋(洋品雑貨の店)を開業、長次郎の生国、信濃をとって、屋号を『信濃屋』と名づける」とあります。やはり創業者が信州出身だったのですね。
 ちなみにこのHPの年表は信濃屋関連の歴史だけではなく、広く横浜の歴史も書いてあるので参考になります。以下にいくつか例を挙げておきます。

1869年
 横浜に日本最初の鉄橋(吉田橋)が作られる。 東京・横浜間に電信が開通。
1872年
 9月12日、新橋・横浜間の鉄道が開業(陸蒸気と呼ばれた)した。
 9月29日、横浜(馬車道など)にガス燈が初めて点燈された。
 11月、日本政府が正式に洋服を礼服にした。
1889年
 2月11日、横浜に初めて電燈がついた。

*信濃屋の歴史は以下を参照。
http://www.y-shinanoya.co.jp/a_his.html

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 僕は古い味のある建物も好きです。信州では古い民家や蔵が目にとまりますが、大都会横浜ともなれば堂々とした洋風建築物が目を引きます。
 まずは日本興亜馬車道ビルから。前編で紹介した横浜第二合同庁舎のように、古い建物の上に近代的ビルが接合されています。1枚目と3枚目の写真が建物の下部、2枚目の写真が上部です。石造りのどっしりとした下部とガラス張りの近代的な上部が不思議と違和感なく繋がっています。4枚目は入口部分の写真です。
 ネットで調べ てみると、この建物は元々八大財閥の一つ川崎財閥の中核銀行であった川崎銀行の横浜支店として大正11年に建てられています。設計は矢部又吉。当初の建物は、ネオルネッサンス形式の3階建の石造建築だったそうです。建物はその後日本火災横浜ビルとなり、現在は川崎財閥の流れを汲む日本興亜損害保険のビルとなっています。
 一時取り壊されそうになったのですが、多くの人々の努力と施主の英断により、平成元年外壁を保存した現在の姿に生まれ変わったそうです。横浜市の歴史的建造物認定の第1号でもあります。

<参考>
 日本興亜馬車道ビルについては以下のサイトを参照してください。
http://wada.no-blog.jp/photos/yokohi/hka0072ni.html

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 弁天通りを挟んで日本興亜馬車道ビルの向かいに建っているのが県立歴史博物館の堂々たる建物です。元は横浜正金銀行本店でした。竣工は明治37年(1904年)7月です。現在の正面玄関にあたる部分は昭和42年(1967年)建設の新館部分だそうです。
 荘重な感じの洋館ですが、一番印象的なのはロンドンのセント・ポール大聖堂を思わせるドームです。このドームは関東大震災の時に火災のため焼け落ちたのですが、昭和39年(1964年)このビルを県立博物館にする際に復元されたということです。

<参照>
 詳しくは県立歴史博物館のHPをご覧ください。
http://ch.kanagawa-museum.jp/index.html

 旧館があまりに有名なので、現在の正面玄関の写真はあまり見かけません。下のサイトの写真が大きくて見やすいと思います。
http://photozou.jp/photo/show/27549/26442561

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 下の1枚目の写真は施設内に掲げてあった馬車道の説明文です。2~4枚目は別の角度から撮った県立歴史博物館の写真です。5枚目は旧館入り口を抜けた先のホールの天井にあるステンドガラスです。

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 日本興亜馬車道ビルと県立歴史博物館以外にも目に留まった建物はいくつかあります。まとめて載せておきましょう。何の建物か確かめなかったものがほとんどですが、2枚目の建物は旧富士銀行横浜支店だったもので、現在は北野武らが教授陣に加わったことで有名になった東京芸大新設の大学院映像研究科の施設として使われています。

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 港町である横浜や神戸は洋館が似合う街です。年代を経た風合が味わえる建物から近代的な瀟洒な建物まで。ビルという平板な響きとは違った建物がある街です。下の1枚目の写真は、上の3枚目の写真の建物の正面ドアの写真です。帆船のレリーフが付けられているところが、いかにも横浜らしいですね。

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 横浜はいろんな「初めて」を持っている都市です。前編でも横浜が日本で最初にガス灯がともった都市であることを説明しているパネルの写真を載せました。横浜はこのようにいろんな記念碑が立っている街です。
 1枚目の写真は横浜が近代街路樹の発祥地であることを示しています。
 2枚目は「日本写真の開祖」下岡蓮杖(しもおか れんじょう)の記念碑。
 3枚目は「初めて記念碑」ではありません。今回の学習講座と深い関係にある人物に関する案内板です。生糸貿易省の中居屋重兵衛の説明とその店が本町通りにあったことが書かれています。
4枚目は日刊新聞発祥の地の記念碑です。

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