富山城址公園

 6月の22日と23日に富山市まで出張で行ってきました。今年の冬にも富山市に出張で行きましたが、その時は雪を頂いたアルプスの美しさに心を惹かれました。ただその時はデジカメを持っていかなかったので、あの美しいアルプス(長野とは反対側から見るアルプスです)の写真が撮れず悔しい思いをしました。
 今回はしっかりデジカメを持って行きました。22日は前泊でしたので特に仕事はありませんでした。夕方に富山市に着き、ホテルのすぐ近くにある富山城址公園と松川沿いを散策しました。富山城址公園編と松川編に分けて掲載します。
 1枚目は城址公園の敷地に入って最初に見つけたオブジェ。同じようなガラスに収められたものを街のあちこちで見かけました。最初は広告かと思いましたが、「ガラスの街とやま」と正面に書かれているので、陶器やガラス細工などをガラスのケースに入れて展示してあるようです。これはなかなか洒落た街の装飾だと思いました。写真の二つのオブジェには「ピカソ・金」、「ピカソ・銀」とタイトルが付いています。外国人の作者名も書かれています。う~ん、いきなりピカソがお出迎えですか。富山市、なかなかやるな。
 2枚目の写真は富山城の天守閣ですが、これはどうやら新しく建てたもので、内部は「富山市郷土博物館」になっています。鉄筋コンクリート製で、彦根城や犬山城を参考にして設計されたと説明板(3枚目)に書かれています。ちょっとがっかり。
 4枚目と5枚目はあえて太陽にカメラを向けて逆光で撮ったのでシルエット写真になっています。日没間近の時間帯ですが、実際はもっと明るかったわけです。

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 お堀越しに城の写真を撮った後、お堀を渡って敷地内に入りました。お堀を渡る途中、お堀と石垣を撮ったシルエット写真が1枚目です。その場の思いつきで撮ったのですが、何ともユニークな構図です。右側に黒々とした石垣があるので、左側にある建物が明るく浮かび上がり、何か空中に浮かんでいるかのようにも見えます。
 2枚目はお城を横から見た写真。画面右側から入ってきて、真横の位置に来たところで撮った写真です。左側に開けたスペースが広がっています。
 3枚目はその広いスペース越しに、陽の沈む西側を逆光で撮った写真。これも見た目ではもっと明るいのですが、カメラだと逆光なので地上部分は真っ黒なシルエットになっています。

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 城址公園の広場を横切ってゆくと、奥の方に何やら銅像のようなものが立っているのが見えます。近くまで行って説明書きを読んでみると、富山藩第二代藩主である前田正甫(まえだまさとし)の像だと分かりました。全く知らない人ですが、地元では「富山売薬を広めたお殿様」として広く知られているようです。そのきっかけになったエピソードが説明板に書かれています(2枚目の写真参照)。
 前田正甫像の近くに赤い橋があります。景雲橋(けいうんきょう)と呼ばれる太鼓橋です。景雲橋は天守閣前の広場と松川沿いにある「親水の庭」を結ぶ橋。この橋を渡ると景観が一変します。

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 景雲橋を渡ると松川沿いにある「親水の庭」エリアに入ります。芝生公園から日本庭園に景色が一変します。灯籠や東屋、水際には枯山水をイメージしたと思われるスペースも作られています。それほど広いスペースではなく、ほんの一角だけで終わってしまうのは残念ですが、ほっと一息つけるスペースです。ついでですが、ここでも季節外れの紅葉を見かけたので写真を載せておきます。

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 「親水の庭」を経て、さらに松川沿いに歩いてゆくと右側に機関車が置いてあり、さらにその先には何やら天守閣を思わせる建物が見えてきます。これは佐藤記念美術館の裏側なのですが、表側は全く違う「顔」になります。
 反対の松川沿いには千歳桜の碑石や小さな社が立っています(2枚目の写真)。社の名前は分かりませんでした。3枚目は中に祀られている仏像の写真です。
 その小さな社の先に建物があります。みやげ物屋かと思ったのですが、その建物の松川側はガーデンテーブルなどが置かれてテラスのようになっています。さらに川の方に目を移すと、何と遊覧船が浮かんでいます。どうやらここは遊覧船の乗り場になっているようです。城址公園めぐりをした後、さらに足を伸ばして松川沿いを散策をした時に分かったのですが、この船着き場にある建物は「松川茶屋」と呼ばれる軽食・喫茶の店で、そこで遊覧船の切符を買うようです。花見や 「松川七橋めぐり」が楽しめるようです。

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 「松川茶屋」は丁度富山城址公園の敷地の角に当たります。そこから敷地に沿って右に曲がりました。すると、お城の形を模した佐藤記念美術館の石垣の下にある何やら記念碑のようなものが目に入りました(1、2枚目の写真)。
 近づいてみると前田普羅の「わが俳句は俳句のためにあらず、更に高く深きものへの階段にすぎず」という言葉が彫られた記念碑でした(3枚目)。前田普羅という人は全く知りませんが、なかなか印象的な言葉だと思いました。

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 さらに進むと石垣の切れ目があり、佐藤記念美術館の正面に出られるようになっています。しばらく外周を回っていたわけですが、また公園の内側に入るわけです。
 さて、美術館の正面に出てびっくりしました。何と正面はお城のような形をした裏側や側面とは全く違う。正面に回るといきなり西洋美術館という顔つきに変貌するのです(1枚目の写真)。こういう変わった作りの美術館は初めてです。時間がなくて中には入らなかったのですが、一体内部の造りはどうなっているのでしょうか。
 2枚目の写真は同美術館のもう一つの側面です。こちらも正面の延長という作りです。しかしこの面だけ眺めていると、美術館の側面というよりはヨーロッパの庭園の一角という感じがします。その意味でこの一角が一番気に入りました。
 3枚目は美術館の斜め前あたりかた見た天守閣(富山市郷土博物館)。この角度から見るとずいぶん立派に見えます。一番良い角度かもしれません。4枚目はおまけ。美術館入口の向かい側、岩の上に3匹の猫たちがいました。そのまったりとした雰囲気に思わずシャッターを切ってしまいました。

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 富山城址公園の芝生広場に戻ってくると、見事な夕焼けに出会いました。下の1枚目は富山藩第二代藩主である前田正甫(まえだまさとし)の像を入れて撮った写真です。前田正甫像は真ん中下にあるのですが、シルエットになっていて見えにくくなっています。
 2枚目と3枚目は広い芝生広場に出て、空を大きく画面に取り入れて撮っています。夕陽を浴びて赤味を帯びた小さな雲が点々と空に散らばっています。上田周辺ではよく夕焼けを撮るのですが、旅先で夕焼けを撮ることはあまりありません。ホテルに戻っていたり、食事をしていたりするからでしょう。夕焼けはどこで見ても美しい。改めてそう思いました。

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 ひとしきり夕焼けを撮った後、お城の写真をもう1枚撮りました。今度は背後にそびえる近代的な高層ビルをあえて画面に入れて撮りました。その後東側の門(2枚目の写真)から外に出ました。
 3枚目の写真は門の横の石垣を下から見上げて撮ったもの。しかしまあ見事に積み上げているものです。碁盤の目のように整然と石をならべているわけではなく、実に複雑に雑然と組み上げています。それでいて一番外側の輪郭部分は見事に線がそろっています。計算された雑然さ。コンピューターどころか、アニメ「風立ちぬ」に出てきた懐かしい計算尺すらなかった時代にこれだけのものを組み上げた土木工学の力量。恐れ入ります。
 4枚目はその石垣の前にあった街灯の写真です。

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 東側の門を出て出発点の方へ戻りました。最初に見た堀が見えてきた時、はっと足を停めました。何と堀が一面見事な鏡となって空を映しています。角度を変え何枚か写真を撮りました。水面には波一つなく、本当に鏡を敷きつめたようです。これまで何百枚となくため池の写真を撮ってきたので、上下対称となった鏡池写真はたくさん撮ってきました。しかし水面がこれほどきれいな鏡になったのを見たことはありません。東側から西側を見ていたわけですから、アングルも絶妙だったのです。
 富山城の写真を何枚も撮ってきたわけですが、このお堀越しに撮った写真が一番きれいだとその時は思いました。ところが、何とこの後さらに美しいお城の写真を撮ることになったのです。しかしそれは「富山市散策 松川べりを歩く」編の方で紹介します。

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 さて最後の3枚の写真は、一夜明けた6月23日に撮ったもの。朝ホテルの近くを散歩した時に撮りました。1枚目は催し物広場で行われていた伊勢神宮の式年遷宮に関する催し。雅楽の演奏を生で聴くのは初めてでした。
 2枚目と3枚目はマンホールの蓋。2枚目は富山市の花であるアザミをデザインしています。3枚目はアルプスと雪の結晶をデザインした小ぶりの蓋。どちらもなかなか素敵な絵柄だと感心しました。

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