正月の浅草を歩く

 正月の3日に帰省先の茨城県日立市から上田に戻ってきました。去年は上野で降りて谷根千を回ってきたのですが、今年は久しぶりに浅草に行ってきました。 ここは大学院生の時、家庭教師で1年間通ったことがあります。その時の家がどのあたりにあったのか、もう30年以上も前のことなのでほとんど覚えていません。雷門の南側だったと思います。
 最後に行ってからやはり30年近くはたっていると思いますので、どの程度変わっているのか確かめたかったわけです。まずは地下鉄から出てすぐ隅田川の方に向かいました。僕は橋フェチなので、いつか隅田川に沿って歩いて、川に架かっている橋の写真を全部撮りたいという夢があるからです。もちろんその日はそこまで時間的余裕はありませんでしたが、吾妻橋に出れば少なくともその上流側と下流側を合わせて3つの橋が撮れると思ったからです。しかしまず目に飛び込んできたのはスカイツリーでした。しかもここからだとあの有名なアサヒビールの金(觔)斗雲とのツーショットが撮れるのです。
 さて、2枚目は吾妻橋の写真。これは近すぎてうまく撮るのが難しい。もう少し離れて撮った方がうまく撮れたでしょうが、そうしている時間もありません。
 3枚目は下流側にある駒形橋です。水色のアーチがすっきりとしていてなかなか綺麗な橋です。ところで上流側には言問橋があるのですが、その手前にある東武伊勢崎線の通る鉄橋が邪魔になって見えません。この点は残念でした。4枚目がその上流側の写真です。白い橋は言問橋ではなく東武伊勢崎線の鉄橋です。写真のすぐ左側に東武浅草駅があります。
 5枚目は吾妻橋の赤い照明の上にとまるユリカモメの写真。冬羽なので顔の部分が白くなっています。肉眼では一番上の1羽しか気がつかなかったのですが、その左にもう2羽いたのですね。それにしても面白い構図でした。

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 吾妻橋から交差点を渡って雷門へ向かいましたが、交差点を渡った角にあるのがデンキブランで有名な神谷バーです。いつも素通りするばかりで中には入ったことはありません。デンキブランと称する酒は他の店で飲んだことはありますが、やはり本場のものをいつか飲んでみたい。そう思っているのですが、いつ実現できるやら。
 店の外側の写真も撮ったのですが、人も多いし邪魔なものも多いのでいい写真が撮れませんでした。むしろ気に入ったのは看板です。シンプルですが、なかなか洒落た看板です。ゴブリンは看板フェチでもありますので、良いコレクションがまた一つ増えました。
 さて、浅草と言えば雷門と浅草寺です。その雷門前はものすごい人だかりでした。まだ正月の3日ですから参拝客が引きも切りません。正月に浅草へ行ったのは初めてなので人の多さにびっくりしました。2枚目の雷門の写真、3枚目の雷門通り越しに見たスカイツリーの写真を見れば、その人出の多さが分かるでしょう。

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 雷門の前にロープが張られ、参拝客はそのロープの内側に並ばないといけないようです。時間もないので浅草寺への参拝は諦めました。仲見世通りには入れないので、その1本裏側の道に入りました。下の1枚目の写真がその通りです。左側の赤い色の建物が仲見世通りに面している商店の裏側です。文字通り裏道という感じで、これはこれで面白い通りでした。
 2枚目は仲見世通りの裏通りで見つけた踊り用品専門店「飯田屋」の店構え。何か寄席の入り口みたいで賑やかです。
 もう1枚。踊り用品専門店「飯田屋」の賑やかな看板のすぐ隣の写真です。看板は「扇子の飯田屋」となっていますが、同じ店でしょうね。建物の壁に鬼瓦の乗った小さな屋根が付いているという造りが面白いですね。

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 仲見世通りの裏通りを抜けると伝法院通に出ます。ここで見つけたのは屋根の上や壁に取り付けられた人形たち。その時はそれが何を表しているのか分かりませんでしたが、調べてみたら白波五人男がモデルだと分かりました。「白波」とは盗賊のことだそうです。いやあ知りませんでした。五人男ですから他に二人いたわけです。いつか機会があったら後の二人も撮ってきましょう。
 1枚目の写真は「知らざあ言って聞かせやしょう」という啖呵で有名な女装の盗賊、弁天小僧菊之助。2枚目にアップで撮った写真を載せておきます。一瞬「ああ、あの義賊か」と思いましたが、それは鼠小僧次郎吉でしたね。と思ったら、この通りには千両箱を持った鼠小僧次郎吉の人形もあるそうです。
 3枚目は赤星十三郎。元は鎌倉の名門・信田家の中小姓(侍と足軽の中間に位置する下級武士)。前髪立ちの美少年盗賊、白井権八がモデルで、そのせいか所作は上品で女性らしいとのこと。五人の中で最年少だそうです。
 4枚目は忠信利平。元浪人で剣の達人。寡黙ながらも正義感が強く、優しい人物として描かれているようです。ちなみに、他の二人は首領の日本駄右衛門(にっぽんだえもん)と猟師あがりのならずもの南郷力丸だそうです。
 伝法院通という名前はいかにも由緒がありそうで素敵ですが、実際歌舞伎の世界がさりげなく通りに折り込まれていて粋ですねえ。さらに調べてみると、伝法院通には幡随院長兵衛、出雲の阿国、水戸黄門など「江戸八人集」のシャッター絵もあるそうです。名前の元になった伝法院も含め、この通りはじっくり歩いてみる価値がありそうです。

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 伝法院通を過ぎると浅草寺が見えてきます。柵で仕切られているので斜めからの角度でしか写真が撮れません。お寺よりも人ゴミを撮ったという感じの写真が1枚目です。
 2枚目はシルエットが面白そうなのでアップで撮った写真。煙は恐らく本殿前にある大きな香炉から立ち上る煙だと思います。よく人々が体にあてているあの煙ですね。
 3枚目は浅草寺の隣にある浅草神社の写真。こちらは浅草寺に比べればずっと少ないですが、それでもかなり長い参拝者の列ができていました。4枚目は浅草寺の裏側を撮ったシルエット写真です。

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 1枚目の写真は浅草神社の近くで見かけた民家の塀。塀の前の植え込みといい、いかにも浅草らしくて何とも味がありますねえ。
 言問い通りに出て、「雷5656会館」のところでまた左折して浅草寺の方へ戻る。花やしき通りの入り口に出る。浅草寺の前を通り抜けられないので、ぐるりと裏側を回り込んだわけです。そのあたりから浅草寺越しにスカイツリーを撮ったのが2枚目の写真です。シルエットで取り入れた樹形が結構効果的です。
 少し角度を変えて五重塔を撮ったのが3枚目の写真。これも右側の樹形のシルエットとツーショットです。五重塔の手前にも木があってかぶっているのが残念です。4枚目に相輪と呼ばれる五重塔の先端部分をアップで撮った写真を載せておきます。

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 花やしき通りの入り口横にあるのが銭塚地蔵尊。地蔵堂の中には入りませんでしたが、名前と林立する赤い幟が印象的でした。浅草寺のHPに次のような説明が付けられています。

 享保年間(1716~35)摂津国有馬郡の山口某の妻が、庭先で「寛永通宝」がいっぱい入った壺を掘り当てたが、これに頼って働かずにいては家が滅びると思い、土中に埋め戻した。この心掛けによって一家は繁栄したので、その壺の上に地蔵尊をまつったという。銭塚地蔵尊は、そのご分身を勧請(かんじょう)したもので、商売繁昌を祈願する人が多い。石塔の下には「寛永通宝」が埋められているといわれる。これが「銭塚」の名の由来である。

 2枚目の写真が花やしき通りへの入り口(あるいは出口?)です.こちらにもかなりの人が流れていました。
 3枚目の写真は花やしきの入り口です。ここは何度も前を通ったことがありますが、実は一度も中に入ったことがありません。昭和レトロな遊園地を味わうのも悪くないと思うのですが、

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 花屋敷内には入りませんでしたが、外から遊園地の様子を何枚か撮りました。下の最初の2枚がその写真です。楽しそうですね。
 3枚目は花やしき通りの写真です。賑やかに飾り付けた一杯飲み屋というか赤ちょうちんの店があったので撮ってみました。この手の飲み屋は何件も見かけました。路上にはみ出た感じで、寒さを防ぐためか簡単にビニールで囲ってあります。この手の店の前を通るたびに後ろ髪を引かれましたが、何とか振り切って先を急ぎました。

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 次に浅草の通りの写真を集めてみました。1枚目は花やしき通りを抜けた先に入口がある「ひさご通り」。2枚目の写真は花やしき通りとひさご通りの交差点あたりで撮った看板です。シンプルですが看板フェチのゴブリンの心をわしづかみにする絵柄。気に入りました。
 「ひさご通り」には入らず、伝法院の方へ向かいました。公園本通り商店街という通りのようです。その通りと交差しているのが初音小路と西参道です。3枚目の写真はその西参道の入り口です。4枚目はその通りに少し入って中を撮ったものです。ここも人が多いので、あえて天井から下がっている面白い絵柄の幕を撮りました。

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 西参道も入口あたりで写真を撮っただけで中には入りませんでした。さらに進むと伝法院の角に出ます。そこで左折して浅草寺の方へ向かいました。ここはものすごい人出で込み合っていました。浅草寺に向かう人と戻ってくる人でごった返しています。伝法院の庭園と五重塔沿いに走るこの道は五重塔通りと呼ばれているようです。
 その通りの中ほどにあるのが有名な寄席「木馬亭」です。ちょうど3人の芸人が三味線を披露していました。周りは黒山の人だかりです(この表現久々に使った!)。この賑やかさ、いかにも正月の浅草にふさわしい活気にあふれていました。

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 次は浅草点描といった感じです。1枚目は伝法院通りと思われます。この通りは看板が賑やかで、かつ面白い。面白い代表が写真のダジャレ看板。これはシリーズになっていて、一定の間隔で並んでいます。こういう街の賑やかし方も良いアイディアですね。
 3枚目はどこかの店の店先です。こういうフリーマーケットのような雑然とした陳列の仕方は昔から浅草の裏通りの特徴ですね。そしてそこがこの街の大いなる魅力なのです。
 4枚目はオレンジ通りだったと思います。写真では今一つ良く伝わりませんが、イルミネーションがとてもきれいでした。
 5枚目はオレンジ通りから柳小路を覗いた写真。丁度スカイツリーが正面に見えたのでカメラを向けたわけです。「雷門柳小路」と書かれた緑色の文字とその上の3つ並んだライトが目に鮮やかです。素晴らしいデザインですね。

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 雷門通りに出て、また雷門まで戻りました。丁度浅草寺の周りをぐるっと大きく一回りした形です。その後は混雑を離れて駒形橋の方へ向かいました。駒形橋のたもとで見つけたのが下の駒形堂です。2枚目にその説明文を載せておきます。

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