高知旅行記1 日曜市、ひろめ市場、高知城

 8月21日から24日まで出張で高知市に行っていました。いやあ暑かった。気温が高いうえに湿度がまたものすごい。10分も外を歩けば汗びっしょりです。24日の夜10時過ぎ汗でべとべとになって上田に帰ってきた時は、その肌寒さにびっくりしました。

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 毎日朝から夕方まで研究会で、夜は連日の飲み会。ホテルに帰るのは11時から12時頃という毎日でしたので、観光をしている時間はあまり取れませんでした。それでも何とか高知城、日曜市、桂浜などの写真を撮ってきました。

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 しかし高知はどこへ行っても龍馬、龍馬です。これほどとは思っていませんでした。残念ながらよさこい祭りは既に終わっており、有名な「はりまや橋」はタクシーで移動中に1枚撮っただけ。四万十川の方にも行きたかったのですが、時間がなくて行けませんでした。

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 しかし食べ物はどれもおいしかった。高知ではとにかく鰹のたたき。現地では塩をかけて食べるのが一般的だそうです。とにかく鰹のたたきを食べない日は一日もありませんでした。また他では見たことがない食べ物もたくさんありました。食べ物の点では大満足でしたね。

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 高知市に行って3日目の23日はちょうど日曜日でした。朝ホテルから研究会の会場へ向かう途中日曜市をちょっと眺めてきました。市が立つのは追手筋という通り。高知城追手門から電車通りまでの1.3キロ余りの道に露店がぎっしり並んでいます。道の片側を露店が占領しています。日本最大級の露店市だそうです。

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  面白いのは朝市ではなく、朝5時ごろから夕方の5時ごろまでやっていることです。朝の9時ごろ通ったのですが、既に狭い通路に人がいっぱいあふれかえって いました。海の幸、山の幸、金物、陶器、骨董品、金魚などいろんなものを売っています。急いでいたので何も買いませんでしたが、時間があればじっくり歩いてみたかったなあ。

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 下の写真には「りゅうきゅう」という野菜が写っています。これは見たことも聞いたこともないものでした。その土地らしいものが並んでいる画像が欲しくて撮った写真です。

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 高知市で3泊したわけですが、3日とも夜は夜中近くまで飲んでいました。3日のうち2日お世話になったのが「ひろめ市場」という建物内にある店でした。3日ともそこに行ったのですがその内1日は先客がいて入れなかったのです。それほどみんなが気に入った場所でした。
 「ひろめ市場」という名前ですが、いわゆる市場ではなくフードコートのような作りの建物です。かなり広い建物の中にいくつもの店があり、店の間のオープンスペースにはたくさんのイスとテーブルが並んでいます。客はそのオープンスペースに陣取って、好きな店から好きな食べ物を買ってきて食べるわけです。上田のジャスコの2階にも同じようなスペースがありますが、その拡大版という感じです。いくつかの店には客室もあり、僕らが入ったのはそういう店でした。その店にあるものを注文してもいいし、他の店から食べ物を買ってきて食べていいのです。とても面白いシステムですね。

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 店の名前は分からな いのですが、「たっすいがは、いかん!」と書いた暖簾が下がっています。この店以外にも何軒か2次会3次会で入りましたが、どの店にもビールの写真の横に「たっすいがは、いかん!」と書いたポスターが貼ってありました。どういう意味か分かりますか?「飲みすぎてはいかん」という意味ではありません。そこはガンガン酒を飲むことで知られる高知です。そんなポスターが貼ってあるはずはありません。「たっすいが」とは「弱い」という意味で使う単語で、この文脈では「酒に弱い奴はダメだ」という意味だそうです。

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 他の店で食べ物を買ってきてもいいということなので、2、3人が派遣されて買い出しに行きました。面白かったのは変わった材料で作った変わり種豆腐。枝豆豆腐やらトマト豆腐やら見たことも食べたこともない珍しいものばかり。特に赤い色をしたトマト豆腐は気に入りました。
 高知に行ったらぜひ「ひろめ市場」に一度は足を運んでみてください。ちなみに「ひろめ」という名の由来は、その場所にかつて土佐藩の家老深尾弘人蕃顕(ふ かおひろめしげあき)の屋敷があったからだと入口に書いてありました。維新後も「弘人(ひろめ)屋敷」と呼ばれて市民から親しまれていたそうです。

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 「ひろめ市場」はいつもほぼ満杯でしたが、よさこい祭り期間中はものすごい込みようで、「その時に比べれば今はガラガラです」と店の女性店主が言っていました。「ひろめ市場」で飲んだ後は、少し離れた「長宗我部」という店で2次会というのが3日間のうち2日間の流れでした。ここもお酒がおいしかった。

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 22日の朝10時頃高知城へ行きました。さほど高い所にあるわけではないのですが、上って降りてきただけで汗びっしょり。Tシャツの色が汗で変わっていました。一帯は高知公園になっていて、県立文学館(下の写真)の横から入りました。県立文学館の中には入りませんでしたが、外側は石垣を模したと思われる灰色のブロック張りで、どこか監獄を想わせます(失礼)。

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 次の写真は山之内一豊の銅像。司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を夢中になって読んだ人はご存じでしょうが、土佐は元々長宗我部氏の領地だった。しかし関ヶ原の戦いにおいて長宗我部盛親が西軍に与したため、東軍に味方した山内一豊が土佐一国24万2千石を与えられこの地を治めることとなった。郷士と呼ばれる長宗我部氏の旧臣たちは冷や飯を食わされ、上士と呼ばれた山内系の武士との間には長い間反目があった。坂本龍馬や中岡慎太郎はこの郷士であり、彼らの反骨精神と彼らが郷士であったこととは無関係ではないでしょう。

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 高知空港に長宗我部元親と山内容堂の両方の絵が掲げてあったのを覚えています。長宗我部元親は時代小説でおなじみの戦国武将。四国統一を果たした彼の時代が長宗我部家の最盛期です。しかし羽柴秀吉に打ち負かされ、領土は土佐一国に減らされてしまった。山内容堂は龍馬が活躍した時代の藩主で、福井藩の松平慶永(春嶽)、宇和島藩の伊達宗城、薩摩藩の島津斉彬と並んで「幕末の四賢侯」と呼ばれています。

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 次は板垣退助の銅像。幕末の土佐藩は坂本龍馬や中岡慎太郎以外にも、武市瑞山(武市半平太)、後藤象二郎、板垣退助、岩崎弥太郎などの有名人を輩出しています。

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 高知城は天守閣の最上階を補修していました。天守閣の内部も入れたのですが、とにかく暑いので写真だけ撮って戻ってきました。

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 上の写真にソテツが写っていますが、ソテツは高知市内でよく見かけました。高知空港でソテツを見て、「ああここは南国だ」と感じました。いかにも南国らしさを感じさせる植物です。長野県ではまず見られない植物ですからね。

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