祢津の山に異界を見る(1)~七都石神社、歌舞伎舞台

菱野温泉に続いて、またまた浅間サンライン脇道探索に行ってきた。といっても最初からサンラインを目指していたわけではなく、あちこち寄り道して結果的にサンラインに出た格好だ。



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<写真>
七都石神社近くの野仏と石碑



昼食後、特に行く当てもなく小牧橋のほうに向っていた。その時ふと、以前写真を撮りそこなった弘法堂へ行ってみようと思い立った。2ヶ月ほど前18号を小諸に向って走っていたときにたまたま千曲川の向こうの山の上になにやら赤いお堂のようなものが木々の間に見えたのである。遠目でよく分からないが、岸壁に張り付くように建ててある感じだ。とっさに望月の弁天窟や布引観音を連想した。大屋橋を渡って千曲川沿いに小牧橋のほうへ戻った。それらしき登り口を見つけたのだが、気づいた時は通り過ぎていた。近くに車を停めるところがなかったし、だいぶ暗くなっていたのでその時はそのまま諦めたのである。今度は小牧橋から小諸方面に一度走って場所を確認してから、途中で引き返してきたので通り過ぎることなくうまく弘法堂のすぐ下に車を停められた。今度こそと勇んで車を降りたら、登り口のところに「がけ崩れの恐れあり 通行禁止」の札が掛かっていた。階段にも「通行禁止」の札が下げてあって封鎖されている。無視して登ろうかとも思ったがやめた。登り口と階段の写真を撮るだけにとどめた。



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 小牧橋に戻り、18号線に入って小諸方面に向う。「やおふく」の信号で左折。浅間サンラインに入る。新屋の信号手前右側に前から気になっている建物があったので右折する。富山県あたりを電車で走っていると、一面の田んぼの中にぽつんぽつんと周りを木に囲まれた家が離れ小島のように建っているのをよく見かける。その辺り独特の風景だ。それに似た感じだったので以前から気になっていたのである。行ってみるとそこは神社だった。鳥居に七都石神社と書いてある。周りに石碑や祠がたくさんあった。神社からやや離れたところにも野仏が横にずらりと並んでいた。田んぼの間にこんなものが見つかるから脇道探索はやめられない。



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一通り写真を撮りサンラインの方に戻る。そのままサンラインを突っ切り山側に向った。適当に走っているうちに以前「歌舞伎舞台」という立て札を見かけたのを思い出した。しばらく走って祢津(やつ)あたりまで来た時その看板が目に入った。空き地に車を停めて、そこからは歩いた。立て札に従ってしばらく歩くと左手に長い階段があり、崖の上に白い観音様らしき石像とその背後にあるお堂のようなものが見えた。見上げるようにして写真を撮る。さらに進むと左前方に階段が見えた。階段の上にはそれらしき建物が見える。どうやらここらしい。



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階段を上ると鳥居の奥に神社のような建物があった。鳥居の横には、四角く石で囲った中に何故かダルマがおいてあった。どうしてこんなところに置いてあるのか不思議だ。石囲いからしてひょっとしたらダルマ等を燃やすところなのかもしれない。ダルマに両目が入っているので、ダルマ供養の時期に遅れて誰かが持ってきたのかも知れない。さらにその横には巨大な切り株があった。切り株の巨大さからして、切り倒される前は相当大きな木だったと思われる。



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階段正面の神社が日吉神社であることは後でネットで調べて分かった。その左手には蔵らしき建物があった。日吉神社の裏手に歌舞伎舞台があった。案内板によると、このあたりは東御市祢津東町というらしい。こんな田舎町にしてはなかなか立派な舞台で、舞台中央に直径7.1メートルのコマ式回し舞台と左右に「せりあげ」が備えられているという。舞台の両袖には「三味線をひいたり義太夫が語られる下座」も設けられている。「奈落」と呼ばれる床下には階段で下りられるようになっていて、役者たちの化粧部屋として使われ、風呂まで特設されているというのだから本格的だ。創建は文化14年(1817年)。その後何度か修築されている。もう一つ西町にも歌舞伎舞台があるらしく、「共に祢津及び近郷の庶民文化の殿堂」となったという。



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舞台は残念ながら雨戸が締め切ってあって中は覗けなかった。しかしこんな小さな町が歌舞伎舞台を二つも持っていたなんて、なんという豊かな文化を持った町だったのか。しかも、西町の歌舞伎舞台は回しのある舞台(回り舞台)としては、日本で最も古い舞台だそうだ。建物の横に「長野県有形民俗文化財」と書いた白い杭が立ててある。まさに「民俗文化」。そういえば、町並も蔵造りの立派な建物があちこちに残っていた。望月宿よりずっと雰囲気のある町並だった。後で歩いてみよう。



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<写真>
左:舞台横の彩色されたお堂、中:舞台の横面、右:石の祠



舞台正面のやや高くなったところに立派な石造りの祠があった。何の祠かは分からない。さらに山側の奥の方にまた別の建物が見える。標識によると「祢津大日堂」、「木造百体観音像」、「石尊さまの納め刀」などがあるようだ。そちらへぶらぶら歩いていった。このあたりはまだ雪が10センチくらい残っている。足をとられて歩きにくい。建物に近づくと、その横に石碑がたくさんたっていた。多種多様、様々な形の石碑で実に面白い。中にはかなりユニークな形のものもあった。



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