ゴブリンのつれづれ写真日記

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help リーダーに追加 RSS 広島旅行記 その1 平和記念公園

<<   作成日時 : 2008/05/29 01:55   >>

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 ここは来なくてはいけなかった。間近に見える原爆ドームの前に立ってそう思った。ずっと気になりながら、遠すぎて簡単には行けなかった広島。やっと念願が実現した。廃墟となりずっと静かに佇みながら人類に忘れてはならない過去として、同時に再現されてはならない未来として無言の言葉を語りかけている原爆ドーム。今ではモニュメントになってしまい生々しさは感じられなかったが、その存在意義は今でも失われていない。対岸で行われていたコンサートでは昔懐かしいフォークソング、「花はどこへいった」、「500マイル」、「悲惨な戦争」、「虹と共に消えた恋」などが歌われていた。



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 土曜日から月曜日まで所要で広島に出張していました。広島へ行くのは今回が初めて。日曜日の午後に原爆ドームと平和記念公園、それに広島城を見て回り、月曜日の午前中は広島駅から歩いてゆける縮景園へ行った。大量に写真を撮ってきたので広島城と縮景園散策は次回に回して、今回は原爆ドームと平和記念公園見物を中心に書くことにする。



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  25日の日曜日。午前中の用事を済ませ、広島駅に戻る。そこから市街電車に乗った。全線150円統一になっているのには感心した。原爆ドーム前駅で降りると、何とドームはすぐ目の前にあった。これほど間近に見られるとは思わなかった。原爆投下からもう60年以上たっているので外壁はきれいで、どこもすすけてはいない。しかし廃墟になった姿はさすがに胸に訴えかけてくる。原爆ドームのすぐ横には雑誌『赤い鳥』を創刊した鈴木三重吉の銅像と「私は永久に夢を持つ/ただ年少時のごとく/ために悩むこと浅きのみ」と刻まれた記念碑(特に原爆とは関係ない)があった。



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 その銅像と記念碑のすぐ後ろを流れているのは元安川。ドームのすぐ上流部分に相生橋がかかっているが、その橋のところで旧大田川(本川)と元安川が分かれていた。つまり平和記念公園辺りはその2つの川に挟まれた中州のようになっている。川の上を色とりどりの遊覧船がのんびり渡ってゆく。大田川(本川)にはたくさんのボートがもやってある。こんなに舟の多い川は初めて見た。



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 元安橋のほうへ歩いてゆく。対岸で「水辺のコンサート」が開かれていた。昔懐かしいフォークソングだ。歌っているグループの名前は分からなかった。元安橋で対岸の平和公園側に渡る。この橋はきれいな橋だった。広島市内を6本の川が流れているので橋はいくつも見かけたが、見た中では元安橋が一番きれいな橋だと思った。



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  平和公園内にはたくさんの像や塚や記念碑がある。それらをどんどん写真に撮りながら平和記念資料館の方へ行く。動員学徒慰霊碑、原爆の子の像、平和の鐘、原爆供養塔、韓国人原爆犠牲者慰霊碑、峠三吉詩碑、平和祈念館、祈りの像、平和の池と原爆死没者慰霊碑。修学旅行の小中学生がたくさん来ていた。最後に平和記念資料館に入る。



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  資料館は最初のうちは一般的な資料が多いが、後半は生々しい写真や熱で歪んだめがね、8時15分で止まったままの時計、ガラス片が突き刺さった石壁、歪んだ鉄の扉、捻じ曲がった鉄骨、原爆瓦、抜け落ちた髪の毛、人影の写った石段、ボロボロになった当時の衣服など数多くの遺品が展示されている。特に白血病でなくなった佐々木禎子さんの写真と年譜が展示されているコーナーはぐっと来た。死者何万人という数字よりも、一人の生きた人物の死の方が胸に迫ってくる。



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 見終わった後は特に暗い気持ちにはならなかった。さほど厳粛な気持ちにもならなかった。これまで原爆関連の映画や本をいくつも読んだり観たりしてきたこともあるだろう。偶然だが、広島に行く直前には「ヒロシマナガサキ」というドキュメンタリー映画を観ている。むごい写真はこれまで何度も見てきた。ある意味で原爆慣れしている。もちろん実際に原爆を体験した人たちにとってその体験は死ぬまで忘れられない体験であり、その後も悪夢のように彼らに取り付いてきた。体験していないから慣れることができる。60数年という時間の経過は原爆体験の生々しさや痛みや苦しみの実感を薄れさせてしまう。それはどうしても避けがたいことなのだ。



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 しかしだからこそ、原爆ドームはそこに存在し続けなければならないし、体験者は語り続けなければならないのだ。また、原爆を自分とは無関係の遠い過去と思っている主人公を描いた『夕凪の街 桜の国』や原発問題という現代的テーマを描いた「六ヶ所村ラプソディー」のような映画が必要になってくるのである。原爆は決して過去の問題ではない。そう再認識させられただけでも意味があった。



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