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越戸が気に入ったので、隣の仁古田に行ってみた。田んぼが多いのでこれといって気になるところは少なかったが、禿山の上に神社らしきものがあったので行ってみる。最初山のすぐ下にいってみたが登り口が見つからない。どこかにあるはずだと思って回り込んでみる。143号線の仁古田の信号から山越えで舞田に出る道に出て、山側に少し走ると鳥居があった。そうかここが登り口だったか。この鳥居は何度も見ていたのに、一度もくぐってみたことはなかった。 鳥居に愛宕山と書いてある。愛宕神社だった。鳥居をくぐるともう一つの鳥居があり、その先はまっすぐ山の上に向って階段が付いていた。遠くから見ると完全な禿山に見えるが、近くから見ると結構木がある。ただ確かに大きな木はほとんどない。あちこちに切り倒され、小さく切り分けられた松の木が重ねられている。松くい虫にやられたのだろう。 上りきると正面に祠、左側に舞台の様な建物があった。ほとんどの神社にはこの舞台の様な建物があるが、これは一体何に使うのだろうか。愛宕神社の場合山の上にあるので、舞台というよりは大きな見晴台のようになっている。崖側に大きな窓があるので下界がよく見える。目の前一帯が仁古田。ほとんど田んぼばかり。今は枯れて茶色一色だが、稲が実る頃は一面緑色になるだろう。その奥(北側)が岡。その左側(北西)が浦野。左側(西)が越戸。右側(東)が吉田だ。 この見晴台があるところはまだ頂上ではない。その上にまだ階段があり別の建物がある。その上にもまた何か建っている。こんなに奥が深いのかとちょっと驚いた。階段を上ると神社の本堂があった。さらに上ると祠がある。まだ上がある。ほぼ頂上辺りに最後の建物があった。3畳間くらいの広さで、手前側は壁がなく完全にオープンになっている。さらに奥の壁も窓を大きく取ってあり、その窓から裏側にある石碑が見通せる構造になっている。石碑には「御嶽山大権現」と書いてある。 山の裏側にまで道がついているのでそっちにも行ってみた。近くの山はほとんど禿山で茶色一色に見える。ところどころ杉などの常緑樹が残っていてそこだけ緑色だ。足元を見ると赤ちゃん松の木が生えてきている。これが大きくなるまでには何十年とかかるだろう。 一通り禿山を撮ってから、道を戻る。帰り道は来る時とはまた違った角度から景色を眺めることになる。上ってくるときには気づかなかったところを見かけると写真を撮った。松の若木の間から白樺が生えているのを見つけた。もう一つ気づいたのは、地面に転がっている石が皆一様に丸いこと。完全に卵形の石が地面からのぞいていたりする。風雨にさらされただけでこれだけ丸くはならないだろう。昔は川底だったところが隆起したのだろうか。 帰りがけに神社本体の中にまで入ってみた。だいぶ荒れている。こんな山の上では手入れも行き届かないだろうから、荒れる一方だろう。長い階段を下りる途中で禿山の象徴のような木を見つけた。それはまるで電柱のようだった。まっすぐな幹だけが残っていて、枝はきれいに切り落とされている。あちこちに残っている切り株以上に、この手足をもがれたような木は枯れ果てた山の悲哀感を漂わせていた。横木を1本打ち付ければ十字架になる。周囲の若木が成長して視界から消えるまで、この「電柱」は一度死に掛かった山の象徴として立ち続けるのだろうか。 |
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