ゴブリンのつれづれ写真日記

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zoom RSS 御岳堂探索 白地蔵と岩屋堂観音を撮る A

<<   作成日時 : 2007/12/25 19:41   >>

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 もう武石へ行くのは諦めた。変な天気の日で、雲が多く、陽が出たり陰ったりしている。来た道を引き返して、御岳堂に戻る。来る時に看板を見て気になった宝蔵寺の岩屋堂に寄った。ここはすごかった。山の斜面一面にお墓が段々畑のように並んでいる。まっすぐに続く階段を上がると途中に崖から張り出すように作られた休憩所があり、その手前の大きな桜の木には「義仲桜(樹齢800年)」と書かれている。平家追討の命を受けた木曽義仲がここで戦勝祈願をした折に自ら植えた桜らしい。



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 さらにその上にある立派な山門をくぐって、最後の階段を上ると朱塗りの観音堂に出た。観音堂の左側に張り出した部分があり、そこは岩をくりぬいてはめ込んだ形に作られている。いや〜、これは面白い。望月の弁天窟や布引観音もそうだが、切り立った崖に張り付いたように作ってあったり洞窟になっているお堂が結構ある。わざわざ近寄りがたいところに作るからこそ有難いのだろう。ここも岩屋堂観音というくらいだから洞窟になっているのだろうと期待していた。左に張り出した部分がそうなのかと思っていたら、観音堂の横に「奥の院洞窟観音」と書かれた入り口が見えた。何と戸が開いている。自由に入れるようだ。



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 中に入ってみると真っ暗だ。何か門のようなものがあるのか、天上辺りに観世音菩薩と書いてあるのがうっすらと外からの明かりで見えた。フラッシュをたいて写真を撮る。一瞬だったので中がどうなっているのかよく分からない。デジカメのディスプレーで確かめると、門の奥は階段状になっていて、その上に観音像か置かれているようだ。観音像は下半分しか写っていなかった。数歩前に進んでもう1枚撮る。今度は観音像がしっかり写っていた。帰宅後にパソコンの画面で見直してみると、横に「聖観世音菩薩」と書いてある。どんな謂れがあるのかネットで調べてみた。比叡山の慈覚大師円仁が1本の柳の木の頭と胴と根元の部分から彫ったといわれる3体の観音像のうち、胴の部分で彫った観音像が岩屋観音堂に安置されているとある。奥の院となっていたあの洞窟部分を岩屋堂と呼ぶらしい。しかし洞窟にあったのは石像に見える。現在の本堂が出来るまでは裏の洞窟に安置されていたという記述もあるので、木彫りの観音像は表の観音堂に安置されているのだろう。してみるとこれはレプリカってことか?情報が少なすぎてはっきりしたことは分からない。



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  洞窟観音が見れたうれしさのあまり張り出し部分の中を覗いてくるのを忘れてしまった。そうそう、月見堂もあったがそこも行かなかった。少しはなれたところにまた別のお堂と言うのか、格子戸をはめた建物があったのでそこにも行ってみた。中を覗いてみると何か仏像が祀ってある。切り立った崖の上に建っているので、下を覗くとさすがに足元がぞくっとふるえた。最後に下から観音堂を撮って帰宅。



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 御岳堂は奥が深い。また来てみよう。狭い路地に入り込んだらまた何か面白いものと出会えるかもしれない。



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