ゴブリンのつれづれ写真日記

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zoom RSS 坂城町探索

<<   作成日時 : 2007/12/09 19:37   >>

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  今日は坂城探索に行こうと昨日のうちに決めていた。昨日旅行案内所でもらってきたパンフで調べて、色々面白そうなところがあると思ったからだ。聖高原と聖湖、シェーンガルテンおみ(「おみ」は漢字では「麻績」と書くが、初めて見て読める人はいないだろう)も行ってみたいが、これは来年の春以降までとっておくことにした。ガソリン代が高いのであまり遠いところまで行きたくないしね。



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 12時過ぎ出発。岩鼻トンネルを抜けて77号線に入る。最初の目標は「十六夜観月殿」だ。村上の信号前で左折して山に上がってゆくはずだが、看板も何もない。どこで曲がるのか分からないままに村上の信号まで来てしまった。仕方がないのでそこで左折して、びんぐしの里へ行くことにした。ここには「びんぐし湯さん館」という日帰り温泉施設がある。温泉の入り口と、山の上から見下ろした坂城の町を写真に撮った。車に戻って地図を見ると上がってきた道をそのまま進んで下ってゆけば「十六夜観月殿」の横を通ることに気づいた。何だ、そういうことか。ところが下り坂のどこにも看板がない。ためしに横道に入ってみたがすぐ行き止まり、バックで下りてくる羽目になった。車が入れない細い道が別にあったので、あるいはそこを上がるのかもしれない。しかし今回は諦めて次の目標に行くことにした。ところが、坂をほぼ折りきったあたりに、珍しい多角形の蔵があった。車を停めて写真を撮った。不思議な建物だった。個人の蔵なのか、それとも蔵に似せて作った何かの施設なのか。あらかじめ目標を決めていても、途中でこんな意外な発見があるから地域探索は面白い。



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 さて、次なる目標は「笄(こうがい)橋」。坂城町のパンフレットにおすすめスポットとして載っていたわけではないが、地図を見て興味を引かれたのである。地図に載っていた橋の絵が面白い形をしていたからだ。地図の絵では太鼓橋のようなアーチ型に描かれていたが、ネットで調べてみたら台形の形をした橋だという。しかも堤防から堤防に渡してあるのではなく、一旦川原に下りてから水の流れている部分だけ橋が架かっているのである。なんとも不思議な橋だ。一旦川原に下りてから上がるということは沈下橋(沈み橋)なのだろうが、馬坂橋とはずいぶん形が違う。これはぜひともこの目で実際に見てみたいと思った次第。77号線に戻り、力石(ちからいし)の信号を右折。道はすぐ川原に下りる。すぐ目の前に橋が見えてきた。橋は渡らずに、手前に車を停める。なるほど斜め横から見ると確かに台形になっている。どうしてもっと滑らかな曲線にしなかったのか、不思議だ。これでは車の腹を擦ってしまいかねない。ホイールベースの長い大型車はまず通れないだろう。橋の手前には30キロ制限の標識が立っていた。そりゃそうだ。スピードを出していたら車がジャンプしてしまうだろう。何でわざわざこんな形にしたのか、全く謎である。合理的な理由が思い浮かばない。何とも不思議な橋だ。



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 橋のすぐ横に案内板が立っている。そこに「笄の渡し」の説明が書いてあった。「笄」とはそもそも何であるかという説明も書いてある。もちろん渡し舟も船着場もあるわけではない。以前、柴又の帝釈天に行った時に「矢切の渡し」もついでに見てきたが、あそこは今でも観光用に船が行き来している。しかし「笄の渡し」は戦に破れた村上義清の奥方が川を渡って対岸の力石に落ち延びたというだけなので、常設の渡しがあったわけではない。奥方が船頭にお礼として渡したのが笄だったのである。そう言えばびんぐしの里の「びんぐし」も「鬢櫛」のことだろうから、同じようなものではないか。笄を意識して命名したのかもしれない。



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 さて、笄橋の次は大望橋へ行く。笄橋の上流側にあるのが以前「取材」した昭和橋。その上流にあるのが坂城大橋で、大望橋はそのまた一つ上流にある橋である。黄色い鉄の橋だ。その色が鮮やかで前から気になっていたのである。渡ったこともないし近くまで行ったこともない。とにかく間近で見てみたかった。川沿いの道を上流に向う。分かりにくい道をたどってやっと橋に出る。間近に見て驚いた。車が1台やっと通れる程の幅しかない。昭和橋も狭かったが、ここはさらに狭い。しかも見ていると人も渡っている。人が渡っている写真を撮っていると向こうから車がやってきた。すれ違うのはぎりぎりだろう。車も人も怖いだろうが、案外地元の人は慣れているのかもしれない。そもそも地元の人でなければ歩いて渡らないだろうし。う〜ん、これもある意味ではすごい橋だ。



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 次はいよいよ最後の目標。西洋風の趣を持った「格致(かくち)学校」。県内では松本の開智学校が有名だが、こんな近くにも洋風の古い校舎があったなんて。これも楽しみだ。ちょっと道に迷ったが何とかたどり着く。なるほど、外壁のペンキははげているが、洋風のなかなか立派な建物だ。完成直後は地元の人々から感嘆の声が上がったに違いない。案内板によれば入り口のアーチ、窓、扉、建物の基礎などは洋風で、屋根や漆喰の外壁は和風の技術様式を用いているとある。明治11(1878)年に建てられ、昭和37年まで校舎として使われていた。現在は歴史民俗資料館になっている。残念ながら日曜日なので閉館だった。建物の横に咲いていた赤いバラがきれいだったのでこれも写真を撮る。



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 さあ、後は帰るだけ。早めに帰って夜は映画を観よう。ところが帰りに鼠橋を渡ったのがいけなかった。ふと川面を見ると木が生い茂った中州が目に入った。「なかなか野生的でいいところじゃないか、まさか素通りってことはないよな、えっ」と心の声が叫ぶ。普段ならさっと通り過ぎるところだが、テンションが上がっていたのが運の尽き。早期の帰宅は諦めて、橋を渡ったところで横道に車を入れて停める。先週に続いてまた千曲川の中州探索だ。鼠橋の鼠というのはそのあたりの地名である。近くの国道18号線には「ねずみ」という信号もある。また坂城町は「ねずみ大根」でも有名である(その大根を使ったおしぼりうどんも坂城町の名物)。もっともこの場合は大根の格好がねずみに似ているので付けられたらしいが。詳しいことは分からないが、鼠という地名は岩鼻にまつわる伝説と関係しているのかもしれない。先週の「路地裏探索 その4」に岩鼻の写真を載せたが、ここは山が突然巨大なナタで切断されたようになっている。伝説によると、昔岩鼻は対岸の上半過とつながっていた。それを増えすぎた鼠が食い破って穴が開き、そこに千曲川の水が流れこむようになったのだという。



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 名前のいわれについてはそれくらいにしておこう。鼠橋の下流側の川原はマレットゴルフ場になっていて、たくさんの人がプレーしていた。そこをぐるっと迂回して橋の上流側に出る。アクアプラザ近くの中州で見たのと同じような幽霊樹がすぐ目に付いた。しばし川原の林の中を歩き回る。しばらく雨が降っていないので足元が泥だらけになったり、泥に足をとられずに済んだ。ただ残念だったのは中州にまで渡れなかったこと。上の3枚の写真の真ん中に写っているのが中州だが、これだけ水量があったのではとても渡れない。それにしても、こういう景色を見かけるとすぐ入り込んでみたくなるのは困ったもんだ。もっとも、それでなきゃ普通の写真しか撮れないわけだが。散々探索を楽しんで車に戻ったのは3時ごろ。さあ、早く家に戻って記事を書き、夜はゆっくり映画を観よう。



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