ゴブリンのつれづれ写真日記

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zoom RSS 海野宿と望月宿を歩く

<<   作成日時 : 2007/11/05 20:36   >>

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  上田の周辺には旧街道沿いに発達した古い宿場町がいくつも残っている。以前望月橋を撮ったときに、そのすぐ近くにある望月宿の写真もいつか撮ろうと心に決めていた。今日はどこに行こうかと走りながら考えていたときにふと望月宿のことを思い出した。さっそく行ってみようと思ったが、その途中に海野宿があるので、先にそちらへ行った。



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  駐車場に車を入れ(料金は300円也)、まず白鳥神社の写真を撮る。そこから先の通り沿いが海野宿だ。ここに来るのは二度目。海野宿は昔の街並みがよく残されていて、写真を撮るには絶好の場所だ。車道と歩道が分かれていて、その間に用水路がある。今でもきれいな水が流れている。用水路の脇には柳並木がある。この用水路と並木が景観をぐんと引き立てているように思う。ほとんどの家の表側には格子が付いていて、これが町に統一感を与えると同時に、街並みの古さを感じさせる。ほとんどの家に「・・・や」という名前が付いている。そばや、御休処、生活雑貨、古美術、地元特産品、ガラス工房、お土産、川魚などの店が並んでいる。店ではなく民家のように見えるところでも「・・・や」と付いているのが面白い。



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 駐車場で貰った街並みマップの裏に簡単な解説が付いている。それによると、海野宿は寛永二年(1625年)に北国街道の宿駅として開設された。延長650メートル。享和年間には旅籠が23軒、伝馬屋敷が59軒もあり賑わっていたという。防火壁である「卯建(うだつ)」がある家、屋根の天辺に「気抜き」と呼ばれる小屋根(蚕室の保温のための焚き火や煙を換気する役割)が付いている家、2階部分が道側に張り出している「出桁造り(でげたづくり)」の家などが残っているのも魅力だ。また、途中に「夕過乃臼の谺の寒哉(夕過ぎの臼の谺の寒さかな)」という一茶の句碑もある。家の前に花を飾っているところも多い。町全体で協力して昔の町並みを残してゆこうという姿勢が感じられる。



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 また18号線に戻り、続いて望月宿に向かう。常田の信号で右折。千曲川を渡って166号線をまっすぐ進む。突き当りを左に曲がるとそこが望月宿だ。駐車場に車を停めて、写真を撮りながら歩いてみる。こちらは海野宿に比べると昔の面影はほとんどない。海野宿の道はまっすぐだが、こちらの道は曲がりくねっている。何とか古そうな家をスポット的に写真に撮る。歩いている時に家の切れ目から橋が見えたので、そちらに行ってみる。鹿曲川にかかる中之橋という橋だった。向かいの山の紅葉がきれいだったので、橋と山を一緒に撮った。だいぶ陽が傾いて薄暗かったので、色がきれいに出るか心配だ。あまり撮るところもないので10分ぐらいで車に戻る。帰りは142号線に出て、丸子を通って家に戻った。



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<写真>
最後の3枚は望月宿、それ以外はすべて海野宿

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